ウチのカミさん中国人 ~毎日が異文化~

国際結婚したい人の夢を壊さないといいな。国際結婚の現実、いいとこ悪いとこ盲点、みんなお話しします。

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他人様のブログに触れてすっかり変節した話

昨日こんなことを書きました。

ですが、下記のエントリーを読んでガラッと考えが変わりました。一部の認識がかなり間違えていたかな、と反省することしきりです。記事を消してしまうことも考えたのだけど。未熟な自分の記録として残しておこうと思います。

基本的に、何かことがあると、自分の行動を主体に物を考えています。例えば、今回のような事件があったら、無限にいる危険な大人を根絶することは出来ないので、自分や娘の行動を変える。予防、警戒する、という発想です。もちろん、これで全ての危険を回避出来るワケはないんだけど。相手を変えるより、自分(達)を変えることの方が現実的だろう、と思っていました。

その考え自体は変わらないのだけど。

アメリカの正義が凄い

oneofakind.hatenablog.com

ここで書かれたアメリカは素晴らしいな、と素直に思えました。未遂というか、家ではブラを外すものだ、外すべきだ、と未成年女子に伝えた段階でChild molesterと認定され、連行される社会。これは窮屈な社会?いやいや、女子供に安心な社会です。

かなりの衝撃でした。理想論ではなく、このレベルで連行される社会が実在しているんだ、と。その基準でいけば、今回の件はどう考えてもダメなヤツです。

 

 「この国ではね、力の弱い人に悪いことをすることは許されないの。あなたたちはまだ子供よ。そんなあなたたちにその「彼氏」がするようなことは絶対にしてはいけないの。彼は『Child molester(子供に性的いたずらをする人)』かもしれない。そんな人をほっておくわけにはいかないの」

出典:上記ブログ

 大人がこのように考え、実践する社会。「力の弱い人に悪いことをすることは許されない」とはなんと心強い宣言でしょう。もちろんアメリカだって、いつだってこのように正義がまかり通るケースばかりではないかもしれませんが。娘を持つ親として、日本もこのようになればなぁ、しなきゃなぁ、と心から思いました。

価値観を変えないといけない

そして、同時にヤンメイの前時代的価値観もすごくはっきり感じ、反省しました。本音のところ、酔っぱらいのオヤジが酔って姉ちゃんにちょっかい出した、くらいの事件だといういかにも昭和的受け止め方だったので。ちょっと反応が大げさ過ぎないか?という気持ちもどこかにありました。やったのが山口達也だから(叩きやすいので)過剰に叩かれている部分もあるのだろう、と。いや、実際そういう叩き方も含まれているのだろうけど。

これ、全然問題はそこではありませんでした。犯人が山口達也であろうと一般人であろうと、未成年を保護する視点、女性を性犯罪から守る視点からすると完全にアウトでした。判断や行動が未熟な若者を大人がしっかりと守るんだ!という明確な意思を、大人と社会がはっきり示さなければいけません。そうした意味で、これ絶対ダメだから!と道を外れた大人を断罪するのは社会的に大事なことでした。

正直、5㎞10㎞のスピード違反で捕まると、「運が悪かったな」とか「カタいこと言うなよ」という気持ちになります。「隠れていて捕まえるなんて卑怯だぞ」という気にすらなります。今回の件を、そんな「軽い違反」的な捉え方をしている大人はヤンメイ以外にも一定数いるのかも知れません。

でも、これはそんな「軽い違反」ではありませんでした。例えるなら、即免停の飲酒の上での50㎞オーバーくらいダメなヤツです。「強制わいせつ罪」というのはそういうものです。ヤンメイは、「酔ってチューしちゃった」というのは「酔っぱらいの軽い失敗」では済まされず「半年ブタ箱に入るくらいの犯罪」と意識を書き換えました。

欧米だと小学生くらいの子供を一人で家に留守番させると逮捕されるケースもあるそうですが、日本の感覚だと「なにそれ、大げさな!」と捉えられるかも知れません。まだ、当たり前というレベルまで浸透していない新しい価値観と出会った時というのは、これに近い捉え方をしてしまいがちですが。「性犯罪」と「未成年の保護」の点だけでなく、昭和の感覚は確実に今という時代に合わなくなってきています。

とはいえ、今はみんなシートベルトをして運転しています。「シートベルトなんて昔はなかった、窮屈でしてられん!」なんてどんだけわがままか、という話です。ちゃんと時代に合わせて常識をアップデートさせないと、本人が生きづらいだけでなく、社会の迷惑になり、ひいては認識の甘さから犯罪者になってしまいます。そのことを前回エントリーでブクマのコメントをいただき、つくづく感じました。

前回のエントリーについて今思う事

そりゃあ、自衛の発想は大切です。ですが、それとは別に、アメリカくらい事前に犯罪の芽を摘む社会を実現するのは素晴らしいと思います。性犯罪、とくに未成年にたいするそれには厳罰をもって臨むべきです。

テクニックとしての謝罪は確実にあるでしょう。けれど、そうした受け止め方をしていると、行為の背後にある本当の謝罪の気持ちも見えなくなってしまうな、と。

確かにマスコミは見当違いに騒ぐ人種だし、便乗で目立つ生贄を叩いてうっぷんを晴らす人も目立ちます。でも、昨日までのヤンメイのように未成年への性的誘惑を軽く考えてしまっている人達には「もうこれ、今の時代は絶対あかんやつになってるんだよ」と教える意味でも「もうそういう時代じゃないんだ」「ダメ、絶対!」と繰り返してアピールする必要があると思います。結構このギャップは深くて広い気がします。。。

ある意味、この問題は「山口達也が有名人」であったことで変にうがってしまった部分があり。タイトルには「山口達也は~」と書きましたが、本質は、山口達也であろうが誰だろうが、同意のないわいせつ行為(しかも未成年に対して)はダメ!というシンプルな問題でした。これは「酔って」とか「ちょっと」というのは言い訳にならないです。病気であったかどうかも、ちょっと別問題かな、と思います。(罪に問われるかどうかの点では大事な部分でしょうが)

まぁ、たった一晩でこんなに意見を変えてしまった、という反省のお話でした。