ぶっちゃけアメリカ人に漢字の良し悪しは分からないだろう。そう、高を括っていました。分からなくても困らないしね。
いやいやいや。アートというのは意味とか関係ないのですね。まるで漢字が読めない外国人でも良書というのは判別出来る、というお話を聞いたので。面白かったので勝手にシェアします。
今回は非漢字圏の人は漢字をデザインとしてみることが出来るよ、というお話。
漢字はデザインだ
友人で結構ガチで書道を習っている人がいまして。展覧会とかに出す作品を根詰めて何枚も書くのですが、あんまりたくさん書いているとどれがいいのだか分からなくなってくるらしいです。それで、書いたうちの何枚かを先生に提出して選んでもらう時に。
習字の先生が選んでくれる作品と、友人のご主人が選ぶ作品が同じなんだそうです。
友人のご主人はアメリカ人でほぼ漢字の読み書きは出来ないんですけどね。前もって、どれがいい?と見せて、ご主人が選んだ作品は大体、後に先生に見せた時に選ばれる作品と同じなんですって!
実はご主人にはアート系の素養があるというか、デザインのお仕事をしている方なので、美の良し悪しが分かるというのも納得ではあります。
でも、漢字としては意味もベースの形も分からないので、おそらく単純にデザインとして選んでいるんでしょうね。カッコイイとか美しいと感じた物を選ぶと、それは書としても良いと。
いや、理屈は分かるんだけど、なまじ意味が分かると単純にデザインとしては割り切りづらいというか、つい何を書いてあるかも気になります。ほら、行書だか草書にいたっては、よく分からないゴニョゴニョに見えるのもあるし、そうすると一体上手いのかなんなのか分からなかったりもするのです、ヤンメイは。
しかし、その辺をバッサリ割り切って、形の美しさ、デザインの美しさとして見られる人は、書としても良し悪しを判定出来ているのだなぁ、と感心してしまいました。
もちろん、非漢字圏の人が皆このような審美眼を持っている訳じゃないでしょうけれど。
ヤンメイ妻の書画観
ちなみに、元祖漢字圏出身、中国人のヤンメイ妻は書道と縁がありません。中国、学校で書道やらないらしいです。もちろん、地域、学校によって違いがあるのでしょうけれど、妻が学生の頃には書道の時間はなかったらしいです。
以前にも書きましたが、中国の学校は結構勉強に特化しているというか、学力重視でがっつり主要教科に取り組むので、美術とか音楽とかにあまり時間を割かないんでしょうね。
なので、筆で字を書く経験でいうと、書の本場中国よりも日本人の方がより多く書道というか、筆書きの文字を経験している割合が多いと思います。
ただ、ほぼ書道未経験のヤンメイ妻でありますが、書に好みはあるようで、子供の習い事の関係で地域の書道展に行くとあれこれいいだします。
妻は結構太い筆致でバンバンッと書かれた大胆な書が好みです。反面ヤンメイは細めのサラサラっとした文字が好みで、全然趣味が異なります。
中には、オール漢字でびっしり書かれた書もありますが、何を書いてあるのかを聞いても全然読めないみたいです。そりゃね、妻にとってもいつのだか分からない古典ですからね、読めなくても当然ですけど。
なんか中国人だし漢字で書かれているし、読めるかなぁ、とか思っちゃって。それって、日本人だし古今和歌集を原典で読めと言われてるようなもんか。はい、無理ですね、ごめん。
そんな、漢字が分からなくても書の良し悪しは分かるよ、というお話と、今の中国人は毛筆やらないらしいです、という久々の異文化ネタでした。